The Good Soldiers

forumで、the Surgeでのイラクのアメリカ兵を描いた本”The Good Soldiers”の著者のインタビューをやっていた。電話をかけてきたリスナーの一人も同じことを言っていたけれど、本の中のある兵士の死の場面を著者が説明していたところでは、ちょっと目が潤んでしまった。

空母ニミッツでの乗組員たちの日常を追ったドキュメンタリー”Carrier”でも乗組員たちの若さに驚いたけれど、イラクに派遣された時の、本に描かれた兵士たちの平均年齢が19歳というのは、平和な日常を送っている者にとって、自分の日常とのあまりの違いに考え込んでしまう。

Wikileaksにより公開されたヘリコプターからの銃撃映像も、番組中で取り上げられた話題の一つだった。本の著者はその映像の与える印象に疑問を呈し、公開された映像がWikileaksによってある目的を持って編集されたものであることを指摘して、それが不幸な状況下での出来事で、その映像で描かれた場面を前後の文脈の中でとらえることの重要性を強調していた。一人のリスナーが夫のベトナム戦争での体験を話してその論点を補強していたけれど、映像の中ではまるで悪魔のように見えるアメリカ兵士も、別に悪魔でも何でもない普通のどこにでもいる若者だろうし、置かれた状況を理解しようとせずにあの映像だけを見て、映像の中の兵士たちをまるで犯罪者のように言うのは確かにアンフェアなんだろう。

著者が、著者自身が戦争についてどう考えているかは重要ではない、兵士たちがどう考えたのかがより重要だ、と言ったのに対して、あるリスナーが、兵士たちは文民統制の下で戦場に送られているのだから、その戦争が正しいかどうか、戦う価値があるかどうかを、兵士でない自分たちが考えるのは重要だと思う、とコメントしていて、聞いたとき、どちらも正しいように思えてちょっと混乱してしまったけれど、たぶんどちらも正しくて、ジャーナリストにとって個人の考えが二の次になるのは、報道という職業が要求する特殊性の反映なんだと思う。

戦争に反対する立場から、いくら著者が弁解がましく兵士たちの行為、ひいては戦争自体を正当化しようとしても、目的が間違っているのだから正当化は不可能だ、というコメントもあったけれど、間違った戦争であるなしにかかわらず、彼ら兵士たちの体験は語られる価値があるというのが著者の立場だろうし、その戦争が間違ったものであったとしても、兵士たちが体験した苦痛や困難に同じ人間として共感することまで否定する必要はないと思う。

番組中で、戦争報道がWar Pornになってしまう危険性についても話していたけれど、そこで連想したのが、Medal of Honorシリーズの最新作の、ゲーム中でタリバン兵となってアメリカ兵と戦うことができることを巡る論議だった。ゲームだからというだけで、シリアスな内容ではなくてアクション大作の映画みたいに銃撃音や爆発の快楽が体験の中心に違いないと実際の内容も見ずに決めつけて、現実の戦争を舞台にそんなことをするなんて不謹慎だと糾弾するのは間違っていると思うけれど、実際のゲームはそうした偏見を吹き飛ばすことができるものになっているんだろうか。

番組を聞き終わったらすぐに”The Good Soldiers”のサンプルをKindleに送って最初の部分を読み始めた。結局購入して、ものの数十秒で全体がダウンロードされてきたけれど、確かにこれは本との付き合い方が変わりそうだ。

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