Airの薄さの意味

TekzillaでMacBook Airを見て、またちょっといいなあと思ってしまった。

あの、1枚と数えたくなる見た目の薄さはやっぱり魅力的だ。
新しいUSBキーボードのときにも感じたけれども、薄くなることによってモノとしての存在感はだんだん消えていき、あとには人とのインターフェースとなる画面と入力デバイスの機能が、より純粋な形で形となる。
自分にとってのAirの魅力はノートパソコンというコンセプトがそのまま具現化したようなたたずまいにあるし、そのたたずまいのためにはポート類を最小限にし、さらに隠してしまうのは必然だったのだろう。
MacBookも自分の先代機であるThinkpad R30に比べれば十分に薄いけれども、サイドのポート類や、その厚み、重さにまだその機能を支える部品たちの存在を感じてしまう。

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